小児期の虐待経験が生活習慣病リスクに?

小児期に不適切な養育(広義の虐待)を受けた人は成人後の心臓病、高血圧、2型糖尿病の発症リスクが有意に高いことが分かった。英・University of BirminghamのJoht S. Chandan氏らがJ Am Heart Assoc(2020; 9: e015855)で報告した。不適切な養育には、積極的な加害行為である虐待(abuse)と養育の怠慢・放棄であるネグレクト(neglect)が含まれ、英語では両者を合わせてmaltreatmentの語を当てている。
8万人超のデータを背景一致の非曝露群と比較
 世界保健機関(WHO)は2006年に小児に対する不適切な養育を身体的虐待・性的虐待・精神的虐待・ネグレクトの4種に分類している。18歳未満の小児に対する不適切な養育は世界的に大きな問題であり、英国では4人に1人、世界全体では3人に1人がその影響を受けているとされる。

 Chandan氏らは、英国で1995~2018年にプライマリケア医を受診した成人患者24万1,971人のデータから小児期に不適切な養育を経験した8万657例(曝露群)を特定。心血管疾患・高血圧・2型糖尿病の発症率および全死亡率について、こうした経験がなく、その他の背景がマッチする対照群16万1,314例と比較した。英国のプライマリケアデータを用いて小児期の不適切な養育と心血管代謝系疾患との関連を検討した研究は、今回のものが初めて。

心血管疾患と全死亡は70%超上昇、糖尿病は2倍に
 追跡期間中の心血管疾患診断数は曝露群が243件(1万人当たりの年間発症率8.3人)、対照群が254件(同4.6人)であった。主要な交絡因子を調整後の発生率比(aIRR)は1.71(95%CI 1.42~2.06)であった。他の評価項目に関しても曝露群で高値を示し、aIRRは高血圧で1.42(同1.26~1.59)、2型糖尿病で2.13(同1.86~2.45)、全死亡で1.75(同1.52~2.02)であった(図)。

図. 虐待経験者における心血管疾患・高血圧・2型糖尿病・全死亡の調整後発生率比

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今回の研究ではこうした格差の理由を特定できないが以前の研究において、虐待経験が免疫系、代謝系、神経内分泌系、自律神経系の変化に影響を与える可能性が示唆されている。また、虐待経験がある人は心血管・代謝疾患と関連する他の危険因子への曝露リスクが高い可能性もある。

心血管代謝系疾患予防や医療経済の観点からも重要な課題
 筆頭研究者のChandan氏は「小児に対する不適切な養育が世界的に多い実情に鑑みれば、これらの知見は、心血管・代謝疾患における重要だが予防可能な課題を示唆しており、特に、医療サービスに対する心疾患や高血圧、2型糖尿病による負担が増大しつつある英国において注目すべきである」と述べている。

 また、「英国では小児の4人に1人が不適切な養育の影響を受けていることから、今回の知見は心血管代謝系疾患の多くが不適切な養育に起因する可能性を示している。したがって、不適切な養育の阻止だけでなく、それがもたらす負の結果に対しても住民レベルでの対策が必要だという公衆衛生上の明らかなメッセージが存在する」と指摘している。

 同氏らのチームは以前にも、家庭内暴力の被害女性は一般人口と比べ全死亡リスクが40%超高いこと(J Am Heart Assoc2020; 9: e014580)、虐待やネグレクトの被害児は重度の精神障害発症リスクが約4倍であること(Lancet Psychiatry2019; 6: 926-934)など、家庭内暴力や小児に対する不適切な養育が身体面・精神面に与える影響について数々の研究報告を行っており、今回の研究結果はそれらに新たな知見を追加するものである。